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2012年5月

2012年5月26日 (土)

イベント無事終了。

第2回とちぎ一箱古本市 in 蔵の街かど映画祭 
おかげさまで無事終了いたしました。

1回目に出てくださった店主さんが、
快く出店を引き受けてくださったこと、

あまり大々的な告知をしなかったにもかかわらず、
はじめましての方々が、それぞれのアンテナで
情報をキャッチして申し込んでくださったこと、

とても嬉しく、ありがたく思います。

なんといっても2日間、お天気が良くて本当にありがたかったです。

会場に来て下さった皆さんは、いかがでしたか?
もしよかったら、声を聞かせてください。

また、映画祭と組ませていただき、
大きなイベントの動かし方、実行委員会の組織力など、
多くのことを学ばせて頂きました。
市の職員さんはもちろん、商工会や観光協会、地元の企業等
たくさんの方と知り合いになれたことも、大収穫です。

ノンフィクションライターの北尾トロさんが遊びに来てくださることになって、
豊島監督とのトークイベントに結びついたのも、素敵なご縁でした。

もちろん、いろいろ課題もありました。
たくさんのご意見を参考に、みんなで話し合い、
次回へ向けて、取り組んでいきたいと思います。

~~~~~~~

その他にも、このところいろいろ盛りだくさんだったのです。

忘れないうちに書かなくちゃ、書かなくちゃ。

さて、

ご心配をおかけしていた母のことですが、
今月中に、退院することが決まりました。

いわゆる寝たきりですが、在宅介護のために
胃ろうや尿道カテーテルのレクチャーも受けました。

病院から週1回、訪問看護に来てもらえるし、
ケアマネさんと相談して、ヘルパーさんとデイケアは
以前からのところにお願いすることにしました。

わたしや父が行ってもだいたい眠そうなことが多いのですが、
看護婦さんの声掛けには、笑ったり、答えようとするらしいです。
「おはよう」が言えたという証言(?)も。

人間、死ぬまで、あきらめちゃいけませんね。

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2012年5月 4日 (金)

『ピエタ』を読んだ

ピエタ

ヴェネツィアという街を、もっと知りたくなりました。

その歴史背景を理解したうえで、もう一度読んでみたい。

ヴィヴァルディ先生が亡くなったという記述から始まるこの物語は、
ヴィヴァルディに音楽を教わった、ピエタ慈善院の娘が語るお話です。

まず言葉遣いが素敵。
こういう、きれいな日本語で書かれた物語は好きです。
北村薫さんや小川洋子さん同様、安心して読める文章。

そもそもヴィヴァルディと言えば音楽の授業で習った『四季』
(それも「春」と「冬」だけ)しか思い出せないのだけど、
いったいいつの時代のひとだったのかしら。ベートーベンくらい?
わたし高校で世界史履修してない(必修飛ばし!)から、
ヴェネツィアの歴史もよくわからないなぁ。
まぁいいわ、読みながら、どうしても時代背景が知りたくなったら調べればいい。

で、けっきょく読み終えるまで、ヴェネツィアの歴史を調べることはありませんでした!
(ちなみにヴィヴァルディはベートーヴェンからすると90年くらい前のひとで、
バッハよりさらに7歳年上)
この物語はそれくらい、ここだけで完成された読みものでしたから。
ヴィヴァルディがどんな先生だったのか、
ヴェネツィアがどんなところだったのか、
読めばわかるし、そもそもヴィヴァルディの伝記というわけではないので、
史実にこだわる必要もないのです。


ヴァネツィアという、水に閉ざされた独自の歴史と文化を持つ町で、
孤児として育ったピエタ慈善音楽院のエミーリアが、
慈善院への寄付を条件にヴィヴァルディの楽譜探しを頼まれます。
幼いころの記憶、ともに育ったアンナ・マリーアとの会話など、周辺を描くことで、
説明過多にならずに町の歴史や人々の暮らしぶりが浮かび上がってくるのですが、
やがてエミーリアは、生前ヴィヴァルディが愛したひとりの女性の存在にたどりつきます。

容易に近づくことのできない立場の女性に、どうすれば会えるのか。。。
ヴェネツィアで忘れてならないのがそう、仮面で仮装した人々でにぎわうカーニヴァル。
その熱に浮かされた数日間なら、通常では起こり得ないことが可能になるのです。
(脳内BGMは中森明菜のミ・アモーレ♪)
ここにエミーリアの過去の恋が相まって、物語はスリリングな盛り上がりを見せます。

ゴンドラの船頭がヴェネツィアの裏事情に通じてたり、
カーニヴァルの夜を飛び回る手配師がいるなんていうスパイスも加わって、
いっそうエキゾチックでミステリアス色を深めます
(ああなんて陳腐な表現語彙しか持たないんだろうわたしは)。

ヴェネツィア独自の自治体制(?)や時代の移ろいなんかもさりげなく織り込まれ、
思わず、日本人が書いてるってことを忘れそうになります。
行ってみたいヴェネツィア。歩いてみたいカーニヴァルの街。

ヴェネツィア出身の作家で、カーニヴァルを舞台に小説書いたひとっていないのかしら。
イタロ・カルヴィーノってとても癖のある作家だと思うけど、短編でもその土地臭というか、
土着の人々のリズムみたいなものがある気がしたのよね。
翻訳でもそれはちゃんと伝わってきたから、ヴェネツィア人が書くヴェネツィアの話、読んでみたいなぁ。


話が逸れました。。。

文体が慎ましやかなので騙されてしまいそうですが、
楽譜探しのもうひとつのルートはちょいと世知辛い展開です。
ヴィヴァルディが、生存中すでに人気作曲家ではあったものの、死後は次第に忘れられ、
音楽の教科書に載るまでには長い年月待たねばならないことと、
金銭的事情による楽譜売買の疑惑要素も絡む伏線がしっかり張られています。

愛ゆえに、家族ゆえに、素直になれなかったり、依存していたり。
捨て子という宿命を背負ったエミーリアの目を通して、
人間同士の血のつながりや魂のつながりのさまざまなありようが描かれます。


結末は一抹の寂しさを漂わせつつも、
登場人物それぞれの生き方を美しく彩ったヴィヴァルディの音楽が
聞こえてくるようでした。

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2012年5月 2日 (水)

不忍ブックストリートの記

こないだの土曜日に、不忍ブックストリートの一箱古本市へ行ってきました。
2時間で行けるということがもう、わたしの中ではかなり身近な東京。
だって最近レポ(西荻)やらつくし文具店(国立)やら、毎月のように通ってるとそんな気がしてくるのさ。

今回は51920日の「とちぎ一箱古本市」&「蔵の街かど映画祭」宣伝!と、「レポ」の北尾トロさんが初めて一箱店主をやるというのでその応援を兼ねての訪問です。

自分の一箱デビューの時にお世話になった古書ほうろうさん前で、いろいろ教えてくださった脳天松家さんや駄々猫さんや、栃木の一箱にも出てくださったやまがら文庫さんに再会。
こうやってお友達ができると、イベントはがぜん楽しくなる。そしてあっちにもこっちにも出掛けたくなる。そしてどんどん出費がかさむ(笑)

それにしても谷根千は活気がある。小さな路地までぬかりなく町がイキイキしてる。
トロさんがいたのは「貸しはらっぱ音地」というところだが、こういうスペースがあるとイベントやりやすくていいなと思う。
使えそうな空き地はあっても、地主が誰なのか、どこへ連絡すればいいのかわからなかったりで、活用できない。
栃木でも、遊んでる蔵、死にかけてる蔵がいっぱいある。
ああいうのをだれかまとめて管理してくれるといいな。大波さんぜひお願いします。


 途中、ミスター一箱古本市こと南陀楼綾繁さんにもお会いでき、とちぎ一箱のこともお話できて、ホッ。と肩の荷を下ろす。いや、本はおろせないんだが。

 そんなこんなで初夏の日差しを浴びて、腕がしびれるほど買いこんでしまった本たちと、いただいた冊子等のリスト公開です。。。

・書籍

『ティエンイの物語』フランソワ・チェン 辻由美訳 みすず書房 

『イッセー尾形 タンスの中身』森田雄三(北國新聞社)

『西洋職人づくし』ヨースト・アマン版画/ハンス・ザックス詩 解題:小野忠重(岩崎美術社) 

『日々のあぶく』津田まさごろ (ソニー・マガジンズ)

『本に読まれて』須賀敦子 (中央公論社)

『恋文 画集・智恵子抄 高村光太郎詩 (講談社)

『ニューヨークシェフのパンメニュー』柴田書店・編 

『マチキネマ』サメマチオ (宙出版)

『幼児狩り・蟹』河野多恵子(新潮文庫) 

・雑誌・紙モノ

「趣味と實益」第1號~4號

「わりと最近の佐藤純子」8号分

「雲の上」15号  

「やねせんおしょくじ」創刊号

帰りの電車で、トロさんから買ったずっしりぶ厚い『ティエンイの物語』を読み始めた。

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