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2011年2月 7日 (月)

「建築家・白井晟一 精神と空間」展

むかしなにかの雑誌で、個性派建築のひとつとして渋谷の松濤美術館が取り上げられていた。
重厚な石積み。内側に湾曲した前面外壁と、逆にカーヴを描いて張り出した庇。建物の中央にあるという噴水。
陰影の強い写真を見て、興味がわいた。
これを設計したのが、孤高の建築家、白井晟一(敬称略)である。

とはいえ、数ある中のひとつのこととてそのときは深く調べもせず、
いつか訪れたい建物として記憶の底に沈んでいた。
次に白井と出会うのは、建築でなく、その文章によってであった。
氏の唯一のエッセイ集『無窓』復刊の広告に載っていた抜粋文に、心ひかれたのだ。

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http://panasonic-denko.co.jp/corp/museum/exhibition/11/110108/index.html
汐留ミュージアムは新橋駅から歩いてすぐ。パナソニック電工本社ビルの中にある。
ガラス張りの、これぞ近代建築という典型的なビル群の谷間にうずくまる旧新橋停車場を横目で眺めつつ、エレベーターで4階へ。
内覧会も盛況と聞いていた。やはりなかなかの混雑ぶりである。
わざわざギャラリートークの時間に合わせて訪れたのだからやむを得ない。

受付カウンターの反対側に、白井の住居「虚白庵」の書斎がイメージ再現されている。
「核シェルター」と比喩されるほど窓の少なかった邸らしく光量は抑えられ、
ローズウッドの机の上で遮光性の高いランプシェードが存在感を放っている。
「SHIRAI」の逆字が彫り込まれた金属プレートは、印刷原版のようだ。

導入部は虚白庵を彩った白井自身の書やドローイング、直筆原稿、
「自分に似ている」とお気に入りだったルオーの銅版画などが架けられ、
庵の各部に迫った映像も流されている。
精緻な図面を食い入るように見ている男性は、建築関係の仕事をされているのかもしれない。
そういえば男性の割合が、絵画展などより多い気がする。
それも40~50代と思しき、美術館ではどちらかというと少数派な部類の観覧者たち。

ギャラリートークは、副館長の挨拶で始まった。
解説を担当する大村学芸員の声はマイクを使わずともよく通る。
それでいて、女性にありがちなキンキンした響きがないので聞きやすい。

白井のプロフィールから、本展に先立って開催された群馬での展覧会にも触れ、
ここでは年代順によらない「住」「塔」「幻」「共」「祈」といったテーマごとに星座のように配置し、
白井の代表建築・親和銀行に採用されているボールチェーンでゾーン分けをしたという。
なるほど銀色の小さい玉暖簾があちこちに下がっている。

それでは、緩やかにつながる各テーマを観ていこう。

「書」は思索のバックグラウンド
白井の創作意欲の根源、端緒として書をとらえ、
ゾーンを設けず、各テーマ内にふさわしいものを点在させている。
各テーマのタイトルボードには、象徴的なエッセイの抜粋も。
「めがね」には独特のユーモアが、「箸」には日本文化に対する誇りが感じられた。
京都で育った白井にとって書は禅思考、瞑想に匹敵する行為なのだろう。
書と対峙する意気が「顧之昏元」という号に表れている。
ひとたび筆を下せば逡巡なく書き上げたに違いない勢いが見てとれる。
万年筆の原稿用紙も流麗だ。「豆腐入門」の全文を読みたい衝動にかられた。

「住」は生活の基点
白井の建築家としての出発点。
施主の要望と実際の暮らしやすさは別ものだとエッセイに書いている。
ほとんどが木造平屋で北玄関。南面は大きく開けており、
虚白庵とは対照的な光に満ちた空間となっているのに驚いた。
小さい窓にはルーバーが付けられているのが特徴的。

「塔」は、単に高さのある建築物という意味ではなく、精神向上性の象徴
集大成としての親和銀行本店と懐霄館。いまはなき東京支店。「みちしるべ」と呼んだノアビル。
使用部材や仕上げ指定が書き込まれた詳細な図面と
村井修によって撮影された写真により構成されている。
実物を観たくなる。

「原爆堂」は、魂の建築
丸木夫妻の「原爆の図」に触発され、他の仕事を差し置いてこれに取り組んだという。
母校・京都工芸繊維大学(当時は京都工芸高等学校)の研究室で制作された精密な模型と、
白井晟一研究所による図面やパース(鳥瞰透視図)が展示されている。
用地や施主にとらわれず、純粋に白井の精神を表現し得た究極の建築といえるのではないか。

「幻」は理想を追求した痕跡
様々な事情によって実現しなかった施設の計画図面や
取り壊されてしまった横手厚生病院の、蜂の巣ファサードの一部が展示されている。
構想を練っていく過程で現実的な制約から離れていってしまうことも多かったのだろう。
そんな白井が「離騒」という字をあてて書いたのは、なんとも皮肉だ。

「共」は、社会の向上に資することを求めた白井と施主の思いが共鳴した幸福な建築たち
松濤美術館は渋谷区が標準の倍の予算を組んで完成した稀有な例。
計画の段階では、屋根が積雪に耐えられないのではないかとか、
窓が大きくて寒いのではないかと懸念を持たれていたが、完成してみると
勾配や日当たり、風向きまで考慮され、快適だったという秋の宮村役場。
いずれも、実際に訪れてみたいと思わせる。
地域の図書館的な役割を持たせたいという意図のもとに作られた
煥乎堂書店が現存しないというのは残念だ。

「装丁」は、著者の思想を内包する容器
つまり装丁も一種の建築といっていい。
そのようにして向き合った仕事は、建築同様シンプルで慎重だ。
デザインする、ではなく、構築する、といった方がいいのかもしれない。

「祈」は、建築の中心に白井が求めたもの
それは精神性である。装飾を排し、心に寄り添う建築であること。
人は心を豊かにする空間を持つべきだと考えていた白井にとって、
祈りの場の創作はやりがいのある仕事だったろう。

約40分のギャラリートークのあと、各コーナーを行きつ戻りつ回遊し、
気がつけば外は暮れかけていた。

ミュージアムを出てからあらためて、このツルツルで透け透けなビルとは
対極にあるような白井建築の存在感が迫ってきた。
モダニズムがいいとか悪いとかでなく、自己のスタンスを確立し、
揺るぎなくそれを追求していった表現者としての強さに敬服する。

実際の建築物をこの目で確かめたい。
まずはやはり、松濤美術館からだろうか。

special thanks to Mr. Murai

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