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2010年11月

2010年11月12日 (金)

おいしい図書室 または『ぽるとがるぶみ』について

宇都宮・西川田交差点の角にあるレストラン。
ドアを開けるとすぐに大きな本棚があり、大判の図録から文庫本までがずらりと並ぶ、
ちょっとした図書室になっている。

これほどの蔵書を前に、我が身中の本の虫が騒がないわけがない。
最初こそ、恐る恐るスタッフに読んでもいいかと尋ねたが、
いまでは注文を済ませるやいなや、本棚の前で‘今日の一冊’を選び出すのが恒例となっている。

ここで、佐藤春夫の『ぽるとがるぶみ』に出会った。

外函はすっかり日焼けしているものの、取り出せば全面柔らかい銀色を放つ表紙。
書題と著者名は背表紙にのみ、朱で押されている。
めくると、見返しは、紫、桃、茶紅の細かい色紙を散らした和紙で、
艶やかにして品のある風情。もちろん本文は活版印刷。

昭和61年に人文書院から新装版として発行されたものである。
初版は昭和24年というから、実に37年を経ての復刊ということになる。
何が契機となったか知らないが、携わった編集者に快哉!

まずはこの本、そもそものいきさつからして興味深い。
かの芥川龍之介が佐藤に英語版を紹介し、一読して惹き込まれた佐藤が
それを借りて訳したのが最初の邦訳(昭和9年)であるらしい。

前半で披露される、一連の手紙たちが辿った数奇な運命についての詳説も、
いざ読まんという気分を盛り上げるのに重要な役目を果たしている。

なにしろ遠い異国のポルトガルで2百年以上も前に書かれた尼僧の恋文が、
海を渡り時を超えて人々の胸を打ち、あるいは好奇心の餌食となって流布したあげくに、
この東洋の離れ小島にたどりついたというのだ。

しかしこの手紙、皮肉なことに、肝心の相手の心を動かすことはなかったようだ。
元恋人非情をなじり、返事のないことを嘆く言葉が連綿とつづられていく。

訳文は昭和初期の優雅流麗な女言葉でありながら、
いや、この美文ともいうべき言葉づかいだからこそにじみ出る、
凄まじいほどの激情に圧倒されてしまう。

書き手のマリアンヌは例えるならそう、
蝶々さんと六条の御息所を練り合わせたような女性といえようか。
恋慕と未練と嫉妬とが 積もり積もるとこうなるか・・・

後の研究で、マリアンヌは実在の人物であるとか、
彼女のエピソードをもとにした創作だとか諸説あるようだが、
私信を盗み読んでしまった末裔としては、
15世紀の修道院から炎のような恋心を訴える手紙が届いた、と思うほうが夢がある。

いちどの滞在では読み切れず、4回ほど、この本の続きが読みたくて訪れた。
もちろん、図書館ではないのだから、本だけ読みに来るというわけではない。

おいしい店なので、食事はきちんと味わってほしい。
ゆえに読書が目的なら食後のデザート時か、喫茶のみの利用ということになろう。

数種から選べるケーキセットで、ドリンクは紅茶をチョイスというのがおすすめ。
ポットサービスなのでたっぷり4~5杯はいただけて、
ゆったりと読書を楽しむことができるからだ。

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